Sunday, 11 March 2012

vol.581 絶望の中の奇跡

2011.3.11 あの日、奇跡的に助かった人の話をしよう。

津波で家ごと流された岩手県大船渡市の会社役員、金野健一郎さん(37)は、たんすにつかまり大船渡湾を漂っているところを小型船に助けられた。船長の男性は、名前や住所を頑として名乗らなかった。
金野さんは「船長の恩は一生忘れない。落ち着いたら捜して、もう一度お礼を言いたい」と話している。
 

地震が起きた11日、金野さんは公民館にいったん避難したが、スーツから着替えるために港から約300メートルのところにある自宅に引き返した。2階の窓から外を見ると、「真っ黒な波が渦を巻いて迫ってきた」。
 

みるみるうちに2階まで浸水。倒れて浮いていたたんすの背に必死にしがみついた。そのまま天井まで約30センチのところまで浮き上がると、「バキバキ」と 音をたてて家が回転し、突然、大きな衝撃音と共に屋根が吹き飛び視界が開けた。たんすの上に乗ったまま沖に向かって流されていた。
 

日が暮れ始めたころ、「多賀丸」という船名の小型船が通った。「助けてくれー」と叫んだが、コンテナや民家、木とあらゆるものが海に漂っており、「無理だ」という船長の声が聞こえた。「このまま沖に流されたら終わりだ」と絶望的になった。
だが約1時間後、多賀丸は引き返し、ロープを使って救助してくれた。

「信じられない。助かった」。涙をボロボロと流し、何度も「ありがとうございます」と繰り返すと、船長はただ黙ってうなずいていた。
 

そのまま一晩を船上で過ごした金野さん。夜は一睡もできず、落ち込んでいた。「命があるだけでいいんだ」「またやり直せばいい」。船長は金野さんを励ましてくれた。
 

12日夕、金野さんは別の漁船に移り、大船渡湾の東側に上陸。数時間歩いて公民館にたどり着き、 避難していた家族3人と抱き合い無事を喜んだ。「助かったのは奇跡。家族と頑張って、一から生きていきたい」-


-毎日新聞より


この金野さんを助けた「多賀丸」という船は、周辺の港に登録されておらず、助けた船長が
誰だったのかもわかっていない。 
津波の起こっている海の上で、金野さんを助けたのは誰だったのか。

今日はあの日と同じ悲しみが日本を包んだけど
こんな「希望」や「奇跡」もたくさん起こって生き抜いた人がいる。

2 comments:

Love Japan said...

今日の日にちを見て、遠くからだけど日本の事考えてました。

micks said...

Love Japanサン

昨日はなんだか日本中がすごい雰囲気でした。改めてすごい出来事だったと痛感。一瞬にして、いとしい人を奪われた人の悲しみは計り知れない。そして、なんて強いんだって思ったよー。。。